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 もうすぐ梅雨に入りますが、今日は爽やかな夏を・・・昨年4月から1年間、保育室の小さなコーナーにある割り箸ペンと100均で購入したパレット式の絵の具に、この3月卒園していった子ども達の指が動いた「素敵な花」の中から・・・です。
 この空間で生まれた花の絵はなんの構えもなく、本当に素直にそっと指を置いている(完成させている)色と形です・・・卒園の前に、「はる」「なつ」「あき」「ふゆ」に綴じて私にプレゼントしてくれました。
 担任のO 先生が、季節の花を置いて子ども達の指が自然に動くように小ちゃな空間を作リました。そこで、この爽やかな状態(全て塗り切らない)で指を置く(筆を置く)瞬間を先生も子ども達と一緒に楽しんでいたのではないでしょうか・・・。
 随分前に、この子ども達がある絵を描いている時に、「もうここでいいんじゃない!」と、私が子ども達の指を止めました・・・それをそばで見ていたO先生は、最初は、「これでいいの」って思ったかもしれませんが・・・その後は、O先生の感覚でこのように子ども達の指を置かせています。
 子ども達もきっとこれで完成?・・・と最初は思っていたのかもしれませんが、この爽やかさ(完成する楽しさ)を子ども達も感じて、「絵を描く」ということの楽しさを知っていたのですね・・・この学年の子ども達は「絵を描くことが嫌い」という子は一人もいませんでした。
 また、秋に、この子ども達の素敵な色と線を紹介しますね・・・fullsizeoutput_89dc_convert_20180529060530.jpegfullsizeoutput_89de_convert_20180529060615.jpegfullsizeoutput_89db_convert_20180529060721.jpegIMG_8152_convert_20180529061311.jpgfullsizeoutput_89dd_convert_20180529061350.jpegfullsizeoutput_89df_convert_20180529061426.jpeg

 先日、ヤフーのニュースに興味深い記事がありました・・・
 =川田学氏(北海道大学准教授)が「イヤイヤ期」を「ブラブラ期」と呼び変えてみた。世界の実情にも目を向け、語ってもらいました=・・・という記事です。

 その記事では、「イヤイヤ期」という言葉をよく目にするようになったのは90年代頃からの育児雑誌であった。「イヤイヤ期」というマイナスな呼び方に、2歳児の見方を狭め、影の側面にばかり目を向かされ振り回されている。ブラブラ期という言葉は、チベットの留学生からの着想で、2、3歳児の第一反抗期のような子どもの姿は見たことない・・・2、3歳の子どもは、笑いながら「ブラブラしています。」と話していたそうです。2歳児の躍動的な姿とこの自由な語感が、ピタッと合うように感じた。
 2歳児とは考えてから行動するのではなく、行動しながら考え、大きな目的ではなく、小さな楽しみをつなぎ合わせて過ごす人達・・・例えば、散歩に行っても、すぐに、「こんな所につくしんぼがある」と長い時間楽しんだ後に、今度は「アリがいる」と気づいて座り込んでジーっつと見る。その最中に大人が早く目的地に行こうよと無理やり引っ張ると、泣いて嫌がるでしょう・・・
 「ブラブラ期」呼べば(思えば)、大人がイヤイヤをどう封じ込めるかという消極的な対処ではなく、どう子どもをブラブラさせるかと積極的に考えられるのではないでしょうか。
 現実の日本社会はブラブラ期を拒むものだらけです。…自宅で子どもと長時間1対1で居続ける負担で、ブラブラ期には付き合えません。そうすると子どもは体を動かし足らず、お腹もすかず、眠らない。食べない、寝ないで親子ともにストレスが溜まり、イヤイヤが増幅していきます。

 私も、他に言葉が浮かびませんが、川田氏の「ブラブラ期」の捉え方に共感します。日本では60、70年代に幼少期を送ってきた子ども達にこのイヤイヤ期があったのでしょうか・・・自分自身を振り返ると、戦後の復興で忙しい親は、いろいろな意味で関わろうとしても関われなかった時代ではないでしょうか・・・構ってもらえない分、遊びの中に制限や、否定の言葉が少なく、気がすむまで自分の欲求のまま遊べていたのかもしれませんね。
 発達的なこの時期の育みを思うと、何かに集中して遊ぶ時間と空間が少しでも保障されると、自分で気づく・・・自分で不思議に思う・・・自分で考える・・・そんな小学校に繋がる学びの態度(土台)が身についていく時期なのでしょう・・・ですから、周りの大人からの制限や否定の言葉が少なく、集中して遊べるものが位置づけられている環境であれば、このイヤイヤ期も半減するのではないでしょうか。
 最後になりますが、1歳児半ばから3歳児半ばまでの絵を描く行為は、色や形の表現というよりも、腕を動かし、見立てや意味付けをしながら言葉を発し、体全体で表現することに集中できる遊びです。そこには自分の欲求を満たす要素がたくさん含まれています・・・このような行為をしている時だけでも、周りの大人が制限や否定の言葉を少しでも控えていきたいですね・・・きっと、ブラブラ期に近づきますよ・・・。
                     2歳児のクレヨンあそび
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 今日は、ちょっぴり嬉しいことが2つあったので、そんなこと呟いてみます・・・。
 昨日、「一人言その2」をアップさせていただきました。すると、3月までお世話になった園の4名のお母さんがすぐに開いてくださいました・・・本当にありがとうございます。何か嬉しくて、今日も勝手なことを呟いています・・・。
 2つ目は、3歳児になった子ども達・・・昨年は、毎日言い争ったり、本気で怒ったり、涙を流したり・・・と、一緒に生活をしてきました。その子ども達数名が、最近になって、「E美先生!園長は?!・・・」と言っているそうです。1ヶ月半経って初めて自分の身の周りの違いに気付き始めているのですね・・・それに、「園長は寂しいのかな?・・・」とか「園長は、Aの事覚えてくれているのかな?・・・」など、私の存在と自分の今を見つめて過去を振り返っているのです・・・本当に3歳児としての育ちをしっかりしている言動に嬉しく(涙をこらえました・・・)なってしまいました。
 子ども達の質問に・・・私の今をちょっと呟かせてください・・・自分の故郷の村で、来年の4月に開園予定の社会福祉協議会立の保育園の準備を嘱託職員として進めています。私のいる部屋の廊下を挟んで、「つどいのひろば」という子育て支援室があり、毎日、親子で十数名の親子が遊びにきています。今は、廊下越しに聞こえてくる子どもの声にホッとしてコーヒーを飲んでいる毎日です。毎日と言っても、嘱託ですので月に17日出勤すれば良いので、ちょっぴり自分の時間も増えたかなとも思っています。今月中に、このつどいのひろばで、私の大好きな紙芝居「ごきげんのわるいコックさん」を読んであげるのが、今のささやかな楽しみです・・・。
 どこに行っても、私の周りには子どもの声が聞こえてくる・・・今、そのことの喜びがいっぱいで、今まで出会ってきた子ども達から教えられたことを、つぶやきの中で心を込めて伝えていきたい・・・一人でも多くの人に伝えることができたら、これからの子ども達に恩返しができるかな・・・そんなことを考えながら、ちょっぴり嬉しいことを呟いています。
 「わたしの園には砂場がないんです。園庭が全部砂場なのでどこでも穴掘りができます・・・。」
昨年、栃木県のある保育園を訪問した時に、そこの園長先生が言っていた言葉です。確かに、園庭の表面は砂場のようでした。 この園長先生とは別に、「穴掘りは砂場だけだよ!園庭は掘らないで・・・」と言う園長先生の言葉を耳にしたこともあります。
 園によって、園長先生のねらいも違って良いとは思いますが、大切なことは、穴掘り遊びで子ども達が何を学んでいるのかを、園長だけでなく保育教諭間で共通認識しているかどうかではないかと思います。
 私の経験では、穴掘り遊びを振り返ると、雨降り後の水たまりを小さなスコップで一人で無心(情緒の安定)に掘っていたり、工事現場に見立てて、異年齢児の集団で、現場監督をする子、水くみなど使い走りをする子など、社会性(人と人との関わり)を子ども達なりに学んでいたり、穴掘りに水が加わることで、川の流れの高低差(自然の仕組み)を無意識のうちに体験していたり・・・と、そこには小学校の学習に繋がる学びの要素がたくさん含まれています。
 園庭の平らな地面が全て砂場もわかりますが、そこに築山など高低差のある環境であれば、当然子ども達の穴掘りから発展して学びの幅も広がっていきます。逆に、園庭を走り回る時に、穴は危険な場所になると考えるならば、砂場以外の場所に穴掘ることを制限することをねらいとすることもわかります。わたし個人的には、制限するよりも目の前の危険を自分で回避できる力をそこで学んで(育んで)欲しいと思いますが・・・。
 何れにしても、乳幼児期の興味関心は、本当に一生の中で一番強いのではないかと思います。ですから、どんな環境で、どんな遊びを通して、どんなことを学んでいるのか・・・子ども達と教職員で試行錯誤しながら、その遊びを通しての『学びの裏付け(何が育まれるのか)』を明確にいていくことが大切ではないかと思います。
 乳幼児期は、『環境を通しての教育』と言われています。ただ環境を設定するだけでなく、明確な『学びの裏付け』を基にした環境が、子ども達の周りにたくさん生まれてくると素晴らしいですね・・・。
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 元気で、屈託のない笑顔の素敵な子ども達と先生達の声が聞けなくなって1ヶ月ちょっとになります・・・今はそれが一番寂しいです。
それに、3月末までは、子ども達との生活から生まれてきたことばを「大きなかたつむりの一人言」で保護者の方、先生達に呟いてきました・・・今は呟きたくても、誰につぶやいたらいいのか?・・・そんなことを思いながらこの私のブログに気づきました。本当に久しぶりになりますが、これからは「ひげの大きなかたつむりの一人言」をここで呟いていくことにしました・・・工房にての創作、乳幼児のあそびと学びなど・・・そんなことを呟いていきますので、この一人言を通して、いろいろな人と語るきっかけになれたら幸せに思います・・・よろしくお願いします。

 昨日、この本が届きました。

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 この3月まで、子ども達と何気なく過ごしてきたこと、子ども達にしてきたこと・・・そんな中に、見つめ直さなければいけないことがたくさんありました・・・とても考えさせられる内容でした。

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 私も、今まで、子ども達に鼻が出ていたら、気持ち悪いだろうと直ぐにティッシで鼻を拭いていました。子ども達は目の前に突然白い紙が現れ鼻をムギュッと拭かれたらどうでしょう?・・・鼻が出て気持ち悪いという気持ちを感じる前に拭かれてしまう・・・それ以上に恐怖心の方が先かもしれませんね。鼻を拭いてもらってスッキリしたという心地よさを子ども達は感じませんね・・・そして、気持ち悪いから自分で拭こうという生活習慣も育ちません。
 何気ない行為ですが、そこに私たちが気付けば、当然拭く前に、子ども達に「お鼻が出ているよ!気持ち悪いよね。今拭いてあげるね・・・」の言葉が生まれてくると思います。そんな言葉から先生との信頼関係も生まれてきます。

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 この本を読んでみようと思ったもう一つに、このような取り組みを、足立区の教育委員会が実践してることです。小学校以降の学びにつながる乳幼児教育の大切さは十分にわかっているつもりですが、教育委員会が具体的にこのような乳児の生活を通して実践をしていることに、民間(私立)で実践してきた私にとって驚きと嬉しさを感じました・・・。
 ちょっとした気づきと意識を変えるだけで子ども達の自主的な学びが具体化される・・・そんなことの大切さをとても考えさせられる一冊でした。
プロフィール

大きなかたつむり

Author:大きなかたつむり
ちっちゃな子ども達と素敵な出会いをいっぱいしてきた白い髭の大きなかたつむりの一人言です。勝手なつぶやきにちょっぴり立ち止まっていただけたら嬉しいです。

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